相手へのこころを形にあらわす
折形のルーツは、伊勢の神宮の「斎宮(天皇の皇女)」にあると言われている*。伊勢の内宮の天照大神に献饌をするための熨斗鮑を包んだのが最初であり、現代でものし袋、のし紙の右上にある小熨斗はこの鮑熨斗を模したもの。折形に包んで神に捧げるこの行為は自然への畏怖の念を表し、神に対する人の誠実性を表す行為であった。
14世紀、室町幕府の足利義満の時代に神への贈り物に行われていた折形は、武家の増進物のプロトコルとして取り入れられた。足利義満は、伊勢、今川、小笠原家に命じ、「三儀一統」を編纂させ、武家の礼法を確定させる。
折形は、紙の「おり」と水引の「むすび」から構成されている。水引の赤と白は陰陽を表し、両端を結ぶことによって、新しい生命、事象が産まれる「産霊」を表している。この「結び=産霊」は単なるデコレーションではなく、陰と陽、受け手と送り手、結婚なら両家を関係性の深い結び付きへの祈りである。
下記の4つの要素が折形の「言語」を構成している。
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檀紙、奉書紙といった紙の種類
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紙の折り方
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水引の結び方
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水引の本数
この4つの要素を組み合わせた包みによって、送る相手にこころを伝えるのが折形である。江戸時代には、徳川幕府の御留流(徳川家しか使ってはならない)とされた小笠原流だけでなく、伊勢流が一般に書物を発行したり、和紙が一般的に使われる様になったため、大衆に広まることとなり江戸末期には、2000種類以上の折形が存在した。教養のある人は、折形を見ただけで中に入っているか判ったと言われる。折形には、言語を使わず、お贈りする相手へのこころを形にあらわす、日本の美の典型をみることができる。
*松浦彦操著「神典形象」大東出版社、1940年
フランスの企業から御皇室への折形
日本の御皇室への贈り物には特別な水引を用いる。紅(くれない)を使った玉虫色で、一見黒に見えるが濡れた手で触ると赤くなる。京都では不祝儀で白黄色の水引を使うが、この紅水引が黒に見えるため、間違いが無いよう黄色にしたと言われている。ちなみに御皇室への結びは、このような誉れ高いことは二度と無いという意味を込めて「結切」が正式なものである。